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horahareta

吉本ユータヌキのホームページ

名前を間違えて覚えられていても違いますと言えないそんな世の中じゃ

U思考,人生

名前を覚えてもらえない。

“吉本”って名字はそう多くないけど『吉本興業』『吉本新喜劇』とビッグ過ぎる名前があるから珍しくもないし、むしろポッピュラーですよね。
でも、下の“祐太”ってのは比較的すぐに覚えてもらえるのに比べ、僕が“吉本”と結びつかないのか、インパクトが弱いのか、なぜか名前を覚えてもらえない。

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大阪ではじめましての人に名前を名乗ると半分ぐらいは“吉本新喜劇”やん!って言われます。
昔はそれがすごい嫌で苦笑いしかできなかったんですけど、最近はそうですそうですってノってみたり。
 
それで名前を覚えてもらえたら幸いやなって。
つい最近もはじめましてのおっちゃんに『お、吉本興業やん!新喜劇やん!』っていじられて、そうです、芸人なんです!はははは〜って、面白さの欠片もないやり取りでファーストコンタクトはバッチリ。
そしておっちゃんの二言目に
 
 
『吉田くんは…』って。
 
いやいや、そんだけいじって覚えてへんのかい!って、新喜劇の如くズッコケが炸裂する。
 
 
最近転職した新しい会社でも僕の入社から1ヶ月丸々パートナーとして同行してもらい、クライアントさんに『こちら新人で、今後担当となります“吉本”です。』って言い続けてくれた先輩が異動となり、最後に
 
 
 
『これから大変だろうけど頑張ってね、吉田くん!』
って。
 
 
 
吉田顔なんでしょうか。
 
その先輩以外にもなかなか名前を覚えてもらえず、職場で着いたあだ名が
 
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『吉さん』
 
吉なんとかで覚えにくいからということで、吉なんとか全般に当てはまる万能性あるあだ名をいただきました。
 
もう諦めてるやん。名字の半分覚えるの諦めてるやん。
でも僕みたいな名前を覚えてもらいにくい人間にしては上出来だし、むしろ嬉しい。
仕事でのクライアントさんにも、一回で名前を覚えてもらえるように名刺は絶対渡す上に首から名刺さげてるんです。
やっぱり名前覚えてもらうって大事じゃないですか。
 
でね、クライアントさんから書類預かったら
 
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吉様様
 
忘れたのかな、本。
やっぱり吉なんとかになっちゃったかぁ。一瞬、棒棒鶏思い出した。
あなた本の気持ち考えたことある?
 
それにしても吉様様って。
様様なんてなかなか使われることなくて神々しいし、恐れ多い。そして後から押し寄せる凄まじい虚しさ。
 
けど、吉さん負けない。これぐらい超余裕超余裕。
 
 
昨日、クリーニング屋さんにスーツを取りに行ったら『吉本さんですね。』
ほっとする。涙がこぼれそうになった。
 
自分の名前を呼ばれるのは当たり前のことやけど、間違えられすぎて正しく呼ばれてほっとする。おかしな話なのはわかってる。
でも、やっぱり名前をちゃんと覚えてもらえるのは嬉しい。
昔は自分の名前ってなかなか好きになれなかったりもしたけど、覚えてもらう、呼んでもらえるというのは、その人の中に少しでも自分がいるっていうことで。
 
光に照らされてるような感覚。生きてる証ってこのことかなって。
 
名前を間違えて呼ばれても小心者の僕は否定もツッコミもできず、誰かの心の中で僕は“吉田”として今も立派に生きている。
誰かの心の中で僕は“吉川”として今も立派に生きている。
八方美人と呼ばれてたっていい。
僕はその人を否定するぐらいなら本当の自分を殺してでも、嘘の自分と向き合うから。
時には人を救う嘘も大切だろう?人を幸せにする嘘ならそれは嘘なんかじゃない。そう言い聞かせてる。
 
そんな世界の片隅でも僕のことを“吉本”と覚えてくれている人がいる。
そうなんだ、きっとここから愛なんだ。
V6だって言ってた。これが愛なんだ。
 
 
ちょっといつも深く考え過ぎたかなって思ってた時にクリーニングお願いしたスーツを持って店員さんが奥から出てきた。次が僕のお会計。
 
すごく気持ち良い昼下がり。
スーツと一緒に心までクリーニングされたかなって。
はじめての店で値段も確認せずお願いしたから、店内で待ち時間に価格表を見たらすごく高かったけど、今日はいいんだ。心が晴れ晴れしてるから。
 
 
 
 
 
 
『スーツ受け取りでお待ちの吉本コウ太さん』
 
 
 
 
 
 
これが哀なんだ。
 
 
おわり
 
 
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