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文面以上の意図を読む

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文面以上の意図を読む

最近よく思うことなんですが、ネット上での批判的な言葉が浅はかやなーと。
 
昔から思ってはいたけど、"炎上"という自ら批判的な言葉を生み出すような風潮が流行り出して特に思うようになりました。
 
ネット上なんでたくさんの人の目に付く場所に意見や気持ちを書いてる時点で批判的な意見を生み出すことは仕方ないと思うし、吐き出す事も悪くないと思う。
僕も批判的な言葉も一意見として受け入れてるのでいちいちネガティブだけに処理してるわけではないですけど、批判的な意見に批判したくもなる。
 
断片的な視点からの批判が多いような気がする。
"炎上"は別として、さっきも書いたネット上に自分の意見を配信してる人ってなにか意図があって文章を書いてるわけやし、誰かに何かを伝えたいから伝わりやすくへりくだるような文章を創造してると思うんです。
 
それを"その程度"だとか"情報が少ない"だとか"内容薄いな"とか。
 
どうゆう意味で誰のために何のために何を伝えたくてって"意図"まで読んでんのかな?って。
 
そら、情報や経験が特化した人から"その程度の知識で"って思うことかもしれないけど、そう書く意味まで読めてないんじゃないのかな。
もちろん書き手にも意図が見えるように書く努力と技量が必要だと思いますが。
 
情報サイトなんかは特にそうだと思うのですが、個人のブログではそもそも全ての人がそうゆう意図を持って書いてる人って少ないと思うので、もっと書き手のことまで考えて意見や批判をしないとって思うんですよね。
個人的に記録として書いているのか、意図を持ってたくさんの人に読んで欲しくて書いているのかの判別は前提で。
 
僕自身がこうゆうネットの上のコミュニティってものを詳しく知らないから棚に上げては言いませんが、まず人として"気持ちを読むこと"が大事だと思います。
 
対面して会話してると表情や声色もわかるから空気や意図を感じることはできます。
それを文面でもしないのかな。
 
一方的な文章を読むなら尚更、言葉遣いや言い回し、改行の間の意味、伝えたいことは?
って考えて読まないのかな。考え過ぎですかね?
 

気楽に娯楽として捉えてる方からしたら固くて申し訳ないけど、文面だけ読んで意図まで読まないような浅はかな人の頭ごなしな批判で傷つく人がいるという事実に残念に思ったので書きました。

 

ブログもドラマも音楽も映画もなんでもそうじゃない?

それがフィクションだろうがノンフィクションだろうが、作り手の意図がわかった方がおもしろく受け入れれるはず。

僕はそう思います。僕はね。

 

 

 

 

 

 

 

 

では、最後に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意図読まず

文面だけで

いとをかし

 

 

 

 

 

文面だけ読んで意図も読まない内に興味を示して批判して、その方が"とてもおかしい"よ。って意味の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダジャレでした。

 

 

 

 

 

おわり

 

 

 

以下、今回の話に共通する共感した記事です。

個人の日記だと悪いのか - とある男のDiary

仮にシステマの記事で炎上したら誰に原因があるのか? - あざなえるなわのごとし

ブログはわかりやすいのが一番!小難しい単語や専門用語は極力排除した方が良いんじゃないの?って話 | Web論

 

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